如意足と根・力 ひの出版室

 

如意足と根・力

平成27年12月28日阿山恭久記す(平成30年3月22日改訂H..)

如意足とは

 一乗道である四念処観が成就すると、「動物の欲の無明」と、愛(タンハー)の実現に執着する「掉慢無明」の二つの無明が寂滅し、自分は偉い正しいと主張し、自分を偉く見せようとする、いわゆる我(が)がなくなります。

我(が)がなければ、周囲にある草花や木、石などに宿り、また周囲の霊魂や神仏の魂のバイブレーションと力が、自分の脳と心に入ってきても、我(が)の主張によって邪魔されることなく素直に受け入れられます。 この周囲の条件によって自由自在に変化し対応する脳と心のあり方を如意足と言います。
 如意足は完全に我(が)が寂滅した脳と心に生じます。

 如意足は仏陀の解脱法 三十七菩提分の一項目です。 如意足は念処と精勤(擇法)の実践によって寂滅した脳と心が、自在に周囲の力や霊魂を受け入れて対応出来る、解脱の目標ともいうべきものです。

阿含経に見る如意足

 如意足には次の四つが説かれています。

 ① 欲定断行成就如意足
 ② 精進定断行成就如意足
 ③ 心定断行成就如意足
 ④ 思惟定断行成就如意足

 まず、①欲定、②精進定、③心定、④思惟定の四種の定を修することによって、「断行」を為し、如意足を成就するというのです。「定」とは脳と心を一つの状態に集中することです。いずれも「定」の力によって「断行」すなわち脳と心にある我(が)の動きを断じ、如意足を成就します。

 まさに「寂滅の所作を知れば神通を開発し正しく涅槃に向かう」と阿含経に説かれているとおりです。ここでの寂滅は、二つの無明によって生じる我(が)が寂滅しているのです。寂滅が作る所のものが如意足です。

① 欲定は、動物の欲の衝動・執着である、自分の偉さに執着する我欲、動物の無明を滅する「定」によって、害心のない脳と心を成就します。

② 精進定は、精進すなわち表面意識で動く愛(タンハー)から離れる「定」によって、愛(タンハー)によって邪魔されない自在な働きを成就します。

③ 心定は、心の奥深くにある愛(タンハー)を寂滅する「定」によって、前世のストレス感が表面意識に漏れてくるのを断じ、ストレス感に邪魔されずに自在に脳と心を動かせるようになります。

④ 思惟定は、愛(タンハー)の実現に執着する掉慢無明を捨離する「定」によって、「我・我所」に執着した記憶が動くのを断じます。
 これによって自己主張のない開かれた思惟を自在に為し未来を構築します。

 この四つの定は、四念処観の身・受・心・法の成就に対応しています。

 我(が)による脳と心の動きを断じて、あふれるような慈愛のエネルギーを、自在にまわりの物事や人々、霊的存在に伝えることが出来るようになります。

 如意足を何に向けて為すか

 如意足を何に向けて為すのか。如意足は何に向けてでも為すことが出来ますが、最も大切な目標を列挙してみましょう。

① 「我欲」と「愛(タンハー)」を寂滅し、解脱と捨を如意になして、漏盡解脱を成就します。

② 次に、解脱施、捨施、常熾然施、そして 捨の平等惠施を自在に為します。いわゆる阿羅漢の「梵行已に立ち」を如意に為して、周囲の人々や霊的存在を解脱に導きます。
(解脱施、捨施、常熾然施、 捨の平等惠施については、当ホームページ「在家の阿羅漢へ」の項目に解説してあります。)

③ 次に意識を、あらゆる事物と、無量の空間と無量の時間の領域に向けて、自在に動かすことができます。
 神仏の心、仏陀、阿弥陀仏、また大日如来などの世界を自在に感得し、その慈愛の御心を我が心と為し、神仏の慈愛のエネルギーを受け止め世に伝えます。
 自然と宇宙の摂理をつかさどる神仏の働きを知ります。
 また、神仏の啓示を受け止めることが出来るようになります。

④ 次に、仏典に説かれている三明六通の世界をみておきます。

 三明とは次の三つです。

漏盡通 現在の脳と心の状態を知り、漏を盡くします。

宿命通 過去世の境涯を知り、愛(タンハー)が存在する所以を知ります。

天眼通 現在の自分や人々の心の状態を見て、将来どの様に変化するかを観察し、未来世の境涯を知ります。

 六通とは、三明に加えてさらに三つのことができるようになります。

他心通 他人の心を知り、心の状態にあった解脱施、捨施を為すことが出来ます。

天耳通 世間の声、すなわちどの様な情報も素直に耳にすることが出来、人々に正しい対応を知らせることが出来ます。

神足通 神の如く自在に、心を望むところへ動かして、そこにある姿を知り、為すべき所作を知ることが出来ます。

如意足の到達点とも言える三明六通についてまとめてみました。

 

五根

 五根法は、三十七菩提分法における如意足に続く項目です。信根・慧根・念根・精進根・定根の五つです。
 法とは心の動かし方のことです。
 根とは人間の脳と心を動かしている根本のプログラムです。表面意識には表れなくても、心の奥深くで脳の動きを支配しています。

 凡夫の根は.「動物の行動原理」と、「輪廻転生をつかさどる掉慢無明と愛(タンハー)」によって成り立っています。聖弟子になるとこの凡夫のプログラムに、信根・慧根・念根・精進根・定根の五つの項目が加えられます。さらに解脱の完成に随い凡夫の根は聖者の根に変わってゆきます。

 信根は、「仏・法・僧・正戒」に対する信と実践が確立しています。

 念根は常に無欲念・無恚念・無害念であることに心を向けています。

 精進根は、常に我(が)を捨て離れており、無欲念によって擇法を為すプログラムが確立しています。

 慧根は「あふれるような慈愛のエネルギー」が確立しています。

 定根は、常に「寂静の三昧正受」を確立しています。すなわち四禅の三昧をなし、「柔軟にして善く住し」をなしています。

 このように五根は解脱のシステムに沿って必要となる脳と心の動かし方が、奥深い意識に定着しています。

 定根について少し書き加えるておきます。阿含経典では、.定根に四禅と四無色定の項目がありますが、この間に「四無量心(慈・悲・喜・捨)」が説かれています。四無量心を実践すれば初心の修行者であっても阿那含を越えた境涯に至ると説かれています。子供でも在家でも出家でも、常に慈の心で過ごし、慈心解脱を勤修しなさい、と説かれているのです。
 慈心解脱の「慈」の心は「あふれるような慈愛のエネルギー」となって世の中を動かします。

  四禅については本ホームページ「四念処観と七覚支」の項に概説しています。 また、四無色定、八解脱については「仏陀に学ぶ脳と心 第五巻第九章」、 四無量心については「仏陀に学ぶ脳と心 第2巻第四章第一節」をご参照下さい。 非想非非想処、有身滅については、別途記述しようと思っています。

五力

 「力」とは「根」から生じる、身体と心を動かすエネルギーです。このエネルギーは意識に表れることがなく、自然に心と身体を動かします。この力が弱いとエネルギー感の薄い精神と行動をもった人になってしまいます。
「力」によるエネルギーを強くしてこれを活かして生活することが大切です。解脱が進んで心が寂滅してくると、このエネルギー感が不足して世の中の役に立ちにくくなってしまうことがあります。阿羅漢として活躍するには、聖者の「根」からでてくる「力(りき)」を増大拡大することを成し遂げなければなりません。
 三十七菩提分法では一般的には、五根に対応して信力・慧力・念力・精進力・定力が取り上げられています。

この他に阿含経典には

 数力と修力

 覚力 精進力 無罪力 攝力

等が説かれています。

(仏陀に学脳と心 第四巻をご参照下さい。)

まとめ

 このページでは三十七菩提分法に説かれたテーマのうち、脳と心の奥深くで動いていて、意識の根源となる、「如意足・根・力」について概説しました。「如意足・根・力」を理解するには、仏陀の慈愛の「慧」のエネルギーを理解し身につけることが求められているのでしょう。

 これでこのホームページでは三十七菩提分法の全ての項目について取り上げたことになります。

 初めてお釈迦様の所にやって来た弟子に、 お釈迦様が朝に説き始めると、昼には弟子は阿羅漢の境涯になった、と伝えられています。私達も素直な心をもってお釈迦様の言葉に接すれば、これに近づくことが出来るかも知れません。

        ページの先頭へ

  阿含経を読むTOPへ ひの出版室HOMEへ

Copyright © 2012-2017 Web Design Thinknet,Japan Ltd All Rights Reserved.

151231 160102 160104 160118 160204 160302 160325 160411 160427 160501 160510 160816 160904 161026 161219 161228 170330 170418 170524 170531 180322