衣を蓄えて良いか ひの出版室

 

衣を蓄えて良いか 中阿含経 自観心経②

  平成24年10月8日 阿山恭久 記す

 お釈迦様は中阿含経 自観心経のなかで、人の心を知るにはまず自分の心を観察し、自分の心に悪い心癖があることを知ることから始めるのだと説いておられます。前の頁では悪い心癖の例を挙げて、このような心癖を無くして過ごせば解脱し阿羅漢に至ると結んでいます。ここからは、そのためにはどのように為せば良いかが説かれています。

 ここでは最初に衣を蓄えて良いかが話題になっています。当時のお釈迦様の教団には修行者は三着の糞掃衣しか持ってはいけないという戒律がありました。しかし、この糞掃衣は雨期に托鉢などに出て雨に遭うと、泥水が付いて異常に重くなりこれを着ていると疲労困憊してしまったと伝えられています。このことからあるときお釈迦様が 予備の衣を蓄えるのをお許しになったのです。一定の条件を満たした修行者には迦絺那衣と名づけられた違う形式の修行衣を許されたと伝えられています。
お釈迦様が全てのことに対して現実的に対応されているお姿をうかがうことが出来ます。
このことを背景にここからのテキストが説かれています。

(タイトル以外の太字の部分は 概ね 国訳一切経印度撰述の部阿含の部 大東出版社 から引用しています)

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心を変えるにはどのように為すか 衣を蓄えても良いのか

所以は何ん。
我一切の衣を蓄ふるを得ずと説き、 亦一切の衣を蓄ふるを得と説く。
云何なる衣を我蓄ふるを得ずと説くや。

どのようにすれば悪い心癖を無くすことができるのでしょうか。
私(お釈迦様)は、ある時はどんな衣服であっても蓄えてはいけないと説き、ある時はどんな衣服であっても蓄えてよろしいと説いています。
どのような衣服を蓄えてはいけないと説いているのでしょうか。

善い心が増えるのなら蓄えても良い

若し衣を蓄へて則ち悪不善の法を増長し善法を衰退すれば、
是の如くの衣、我蓄ふるを得ずと説く。
云何なる衣を我蓄ふるを得と説くや。
若し衣を蓄へて則ち善の法を増長し悪不善法を衰退すれば、
是の如くの衣、我蓄ふるを得と説く。

もし、衣を蓄えた結果、悪い心癖が増えて強くなり、
善い心の動きが衰退するのであれば、 このような衣は蓄えてはいけないと説いています。
どのような場合、衣を蓄えてもよいと説いているのでしょうか。
もし、衣を蓄えた結果、善い心の動きが増えて大きくなり、、
悪い心癖が衰退するのであれば、 このような衣は蓄えてもよろしいと説いています。

食物や飲み物、寝る場所や住宅なども同じです

衣の如く飲食・床榻・村邑亦復是の如し。
一切の人に狎習するも亦復是の如し。
彼可習法の如真を知り不可習法の如真を知る。

衣服と同じ様に、食べ物や飲み物、寝る場所、
村の住居なども、 同じ基準によって為すように説いています。
何人に対しても無理に押しつけてことを為したり、考え方を押しつけ行動させることも、またまた同じ様になさねばなりません。
この為しても良い心の動きについて、正しいあるべき姿を知り、
為してはいけない心の動きについても、正しい本来の姿を知るのです。

為すべきことは

彼可習法・不可習法の如真を知り已りて、 不可習法はすなはち習はず、可習法はすなはち習ふ。
彼不可習法はすなはち習はず、可習法はすなはち習ひて、 すなはち善法を増長し不善法を衰退す。
これを比丘善く自ら心を観じ善く自ら心を知り 善く取り善く捨つと謂ふ。

この実践すべき心の動きと、実践してはいけない心の動きについて、
あるべき正しい姿を知りおわったなら、 為してはならないことは実践せず、
為しても善いことは実践するのです。
この為してはならないことは為さず、為しても良いことは為し、
これによって善い心の動きを増長し、善くない心の動きを衰退させるのです。
これを、修行を志す人が善く自分の心をみつめて自身の心を知り、 善い心をもって行動し、 為してはならない心と行動を捨てるといいます。

まとめ

心を変えたいと願う人が心がけていなければならないこと、これをお釈迦様が説いて下さっていました。
私達にはちょっと思いつかない大変興味深い教えでした。
現代の物が豊富な時代にあっても、このように日常心を向けていれば間違いなく過ごすことが出来るのかも知れません。

              自観心経 おわり

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